説 教

  2022年1月2日

公現日

  • 「すべての人の救い」

    キスト岡崎さゆ里 牧師
    ルカによる福音書2章22~38節
    ※音声ファイルはありません
    マリアとヨセフは、出エジプトに由来する律法に従って幼子イエスを主に献げるため神殿に行きました。長いことイスラエルの慰められるのを祈りつつ待っていたシメオンは、生後間もない無力な乳児の姿に「この目であなた(神)の救いを見た」と確信することが出来ました。私たちもまた、何気ない日常の中にも必ず神の支配がなされており、救いの業が行われていることを見る目を持ちたいものです▼そしてシメオンは、イスラエルのみならず「万民のため」の救いをイエスに見ました。異邦人も含むすべての人の救い主が、イスラエルの民から生まれたことが誉れであると言うのです。それは同時に「自分だけのため」の救いを望むイスラエルにとっては躓きになる、と預言します。人間の愚かさとエゴイズムが、イエスに敵対して行く道をふさぐのです。人間には、あまりに壮大な神の救いのご計画が理解できません▼しかしながらシメオンは、神の救いの約束の成就を見ることができた喜びにあふれて「この僕を安らかに去らせてくださいます」と言います。すなわち「もう死んでもいい」という、彼にとって「我が人生最高の時」です。シメオンは高齢者という印象を持たれますが、年齢は記されていません。何歳であろうと、神の救いを得た時に、人生の究極的な幸い、生きる意味を実感したのです▼肉体の限界を持つ人間にとって「終末」は恐ろしく、それゆえ人は不老不死や輪廻転生を願いました。しかしキリストは罪なくして十字架にかかるという理不尽な死に面して、「成し遂げられた」と言われました。主イエスの死によって、人間の不従順の歴史に終止符が打たれたのです。神から、人間との和解の道を作ってくださったのです▼終末は決して忌まわしくも空しくもありません、神の国が打ち立てられる時です。私たちはイエス・キリストという、神の救いを既にこの目で見ています。この世の多くの人がこの福音を待っています。私たちは新しい年も神の僕として、どのような時も希望を持ち輝いて生きていきましょう。 (キスト岡崎さゆ里牧師)