説 教

  2022年2月13日

  • 「自分の弱さに咲く恵み」

    宮岡利明 牧師
    列王記上17章6~15節 / コリントの信徒への手紙二12章1~10節
    ※音声ファイルはありません
    聖書の神は、疲れた人・重荷を負う人を招かれます。世間では弱いことはマイナス評価ですが、聖書では逆です。旧約の預言者エリヤは、飢饉の中、主の命によりサレプタという街に行きました。そこで一人のシングルマザーに出会いました。彼女は家に残った最後の粉と油でパンを焼き、子どもと最後の食事をとり、それから餓死するつもりでした。衰弱したエリヤは彼女に水とパンを求めました。哀れに思った彼女は、焼いた最後のパンをエリヤにも分けました。こうして、粉と油が尽きない奇跡が起こり、エリヤも彼女の家族も無事に飢饉を超えました。エリヤも女性も弱さを隠さなかったからです。▼パウロは、彼が抱える病気か障害により「力のない伝道者」だと侮辱されていました。しかし、パウロは、「わたしは弱いときにこそ、力強い主がわたしを取り囲んでいてくださる」という信仰的事実を語っています。▼私は地方の小規模教会の牧師でした。生活に車が必須の地域です。しかし私は視力障害により車に乗れず、徒歩で移動していました。一人歩く田舎道で、わたしは学生時代に歌ったNegro Spiritualsの一曲「There is a balm in Gilead」を口ずさみました。それはこんな歌です。ギリアデには香油がある。それはどんな傷も治し罪で病んだ魂も癒す香油。時々、わたしは疲れ果て、私の働きはすべて無駄だと思うときがある。その時聖霊は私の魂をもう一度立ち上がらせてくれる。もしあなたが天使のように歌えない、パウロのように説教できないとしても、あなたはこれを伝えることができる。それはイエスの愛だ、そして語ろう。イエスはすべての人のために命をささげたということを。 ▼私は、この曲により、聖霊と福音の臨在に接しました。「そうだ、教会は主の御心の内にあるのだ」と知り、平安を受けました。スーパーマンには薬(福音)は要りません。弱さを通して福音・救いの主は、われらと共にいてくださいます。(宮岡利明牧師)