説 教

  2022年3月6日

受難節第一主日

  • 「人間の罪とは」

    キスト岡崎さゆ里 牧師
    創世記3章6~13節
    ※音声ファイルはありません
    レントに入りました。キリストの受難を覚え、あらためて人間の罪について考えましょう。エデンの園に神にかたどられて創られた人間は、蛇に誘導されて知恵の木の実を食べてしまいました。その結果神の前にも互いの間でも「裸」ありのままの自分を「恥」とするようになりました。神の失望はいかばかりでしょう▼なぜ神はこの木の実を禁じたのか?真意は分かりませんが、神が人間の成長を導かれようとしていたのは確かです。御旨は、必ず人間にとって「良かれ」であったはずです。アダムらは蛇の誘いにより疑問が生じたなら、神に直接なぜかと尋ねてみれば良かったのです。もしかしたらそれも神の期待した「成長への一歩」になったかもしれません。問題は彼らが神を信じなかったということなのです▼人間の原罪についてパウロは「ひとりの不従順によって、すべての人が滅んだ(ローマ5:19)」と言い、カルヴァンは、不従順の理由として人間が神の御言葉をあなどった、「不信」が反逆の根だったと書いています。これにより人間は神との関係性を喪失してしまいました▼これは単なる神話ではなく、私たちの現実です。私たちの中の罪の萌芽は知らぬうちに繁殖し、広がり続けます。神をあなどり自らを神として誇り、自己満足と無知の中にとどまる風潮が社会全体に蔓延していきます。罪の力は強いのです▼しかしそのような人間を神は愛され、救おうとされました。一人子イエスを十字架にかけ私たちの罪を贖ってくださった、つまりアダムからの罪の性質による罪の奴隷状態から買い戻してくださったのです。だから私たちは毎週教会に来て、がん治療で定期的に放射線を受けるように、自分の中の罪の細胞を神の御言葉の光で小さくしていくのです。そして本来の神の似姿に向かってリハビリをします。イエス様の指導の下に、皆で励まし合って▼神は罪ある人間を見捨てない。それを知ることで人は絶望せずに生きていけます。全ての人が罪から解放されるために、私たちはイエス・キリストという希望を世に宣べ伝えるのです。(キスト岡崎さゆ里牧師)