「わたしは良い羊飼いである」
一之木幸男 牧師
ヨハネによる福音書10章7~18節
祈りの終わりに「アーメン」と唱えます。「まことに」「真実に」との意です。今日のイエス様の御言葉は、このアーメンから始まります。「はっきり言っておく」と訳されているのは、もとの言葉では「アーメン、アーメン、わたしはあなたがたに言う」という表現なのです。これから真実、ほんとうのことが宣言されます。しかもここで告げられるのは《啓示の言葉》です。父なる神はモーセに「わたしはある、わたしはあるという者だ」とご自身を現わされました。それと同じように御子キリストも「わたしは○○である」とご自身を啓き示しています。◇「わたしは良い羊飼いである」その第一の現れは、<羊のために命を捨てる>ことです。捨てる力も再び受ける力も、父なる神が与えておられる。だからこそキリストは自ら十字架を担われ、命を捨ててくださいました。第二には「わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている」聖書において誰かが誰かを「知って」いるというとき、心的・霊的活動であると共に夫婦の交わりをも表します。身も心も一体となることです。「それは父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである」これ以上ない交わりと一致です。人間が人間を理解するには限りがあります。そこに私たちの孤独があります。その孤独=ひとりであること、はこのように《わたしを知り尽くしていてくださる主》との出会いの場となります。◇「わたしにはこの囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない」<すべての人を一つにしてください>これこそ良き羊飼いであるイエス・キリストが命を捨てて成し遂げようとされた切なる願いでありました。一つとは「同一」の意ではなく、「互いに補い合う在り方」です。この創造の姿へと回復させるため、良い羊飼いイエス・キリストはきのうも今日も、いつまでも、世に働きかけておられます。