説 教

  2022年6月26日

聖霊降臨節代4主日

  • 「キリストの体である教会」

    一之木幸男 牧師
    コリントの信徒への手紙1 12章12節~27節
    ※音声ファイルはありません
     聖霊によってイエスは主であると告白する者たちの集い=《教会とは何か》? パウロはこの手紙で、苦心しながら、自らも問いかけつつ明らかにしていきます。コリントの教会は、様々な問題に満ちていました。分裂があり、不品行がありました。霊的知識を誇って高ぶり、他の人たちを見くだす者も存在しました。◇そもそも教会は、どのようなものとして神に創造されているのか?「神の畑・神の建物」「神の神殿」といった表現を経て、この12章に至ってもっともふさわしいコトバにたどりつきます。「あなたがたはキリストの体であり、また、一人ひとりはその部分です。」 聖書は魂と体を分けて考えません。それらの統一体として人間を捉えます。《体》を重視しているのです。キリストはご自身の体を十字架でお献げになりました。ですから私達は聖餐式においてキリストの体であるパンにあずかります。◇体の各部分は互いに「お前は要らない」とは言えません。これは時代を超えて、現代においてもっとも大切な事柄の一つでありましょう。この世は非常に狭い価値観で人間をとらえ、縛っているからです。あなたという存在そのものが体にとって必要なのです。◇キリストの体である教会に決定的なことは、「ほかよりも弱く見える部分が、かえって必要」いうことです。これはパウロ自身が、信仰生活の中で身をもって知らされたことでした。肉体にとげをもっていた彼。取り去ってくださいとの祈りの中で与えられたのは「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱いところに完全に現れる」との主のみ言葉でした。「だから、キリストの力がわたしに宿るように、むしろおおいに喜んで自分の弱さを誇ろう」と告白しています。◇私達はこのみ言葉をもって新しい年度をスタートしました。自分たちが、自分の体が、活けるキリストの体である、という神の現実に繰り返し立ち返っていきたいと思います。