説 教

  2022年10月9日

聖霊降臨節第19主日

  • 「わたしに従いなさい」

    一之木幸男 牧師
    イザヤ書6章1~10節/ マルコによる福音書2章13節~17節
    ※音声ファイルはありません
     本日は『神学校日・伝道献身者奨励日』です。神学校の働きのため・また新たな伝道献身者が起こされるように、心を合わせて祈ることが望まれています。ある青年の集いで、説教者が次のように言っていました。「神さまは、私達人間なしでももっとうまく効率よく福音を広めることがおできになるでしょう。しかし神はあえて、私達人間をお用いになるのです。」 まさに旧新約聖書は、神が人を選び、召し、そして遣わすという出来事の記録です。◆イザヤは神殿で聖なる神を見ました。旧約において、神を見たものは死ぬとされていました。だから彼は言います。「災いだ。わたしは滅ぼされる」新改訳聖書は「ああ、私は、もうだめだ」と訳しています。そして自らと民の罪を示されます。この罪の無条件の赦しを経て、イザヤは預言者として遣わされて行きます。◆レビの召命。マタイによる福音書の並行記事には、この人は「マタイ」であると記されています。彼は〈徴税人〉でした。汚れた存在とみなされていた異邦人しかも、ユダヤを支配していたローマ帝国のために働く者。割り当て以上の金を取り立てて私腹を肥やす者も多くいたと言われます。だから〈罪人〉同様同胞から蔑まれ、つまはじきにされていました。そのレビにイエスは「わたしに従いなさい」と言われました。「わたしについて来なさい」という招きの言葉です。彼がどんなに嬉しかったか、わざわざ食事の席を設けた事に表れています。「何であんな奴らと…」とつぶやくファリサイ派の律法学者。イエスは決定的なみ言葉を語られます。「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」◆罪や滅びを内包した壊れ易い存在としての人間を用いて神は御業を現される。ここに福音=《喜びの知らせ》と呼ばれる由縁があります。