説 教

  2022年11月27日

待降節第1主日

  • 「愛は具体的に」

    キストさゆ里岡崎 牧師
    エフェソの信徒への手紙3章14~21節
    ※音声ファイルはありません
     1章には、神が天地創造の前から私たちを愛し、キリストにあって神の子にしようとお定めになったとあります。考えも及ばない壮大な神の愛に比べて、人間の愛は貧しく、気まぐれで身勝手です。ですから「信仰によってあなた方の心の内にキリストを住まわせ、あなた方を愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように」と、祈りをもって神に求め、キリストを心の内に受け入れなくてはなりません。▼さらに勧められているのが「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるか理解」することです。キリストの愛のサイズとは?アメリカの教会学校で少女が「イエス様は日本語もわかるんだ!本当にみんなのことが大好きなんだね!」と驚いて言いました。自分以外の人の証しを知って初めて、イエス様が本当に「ありとあらゆる人のために」十字架にかかられたと実感するのです。▼この手紙は、礼拝で奨励として読まれみんなで目指そうという内容です。教会も問題を抱えているからです。家で祈っていたほうが楽なのかもしれない、けれども一人では、愛せません。4章から後には隣人や妻と夫、親子、奴隷と主人の間でさえ、真心をもって関係を結ぶように諭されています。漠然とした隣人ではなく、今となりに座っているその人を見る。そこにキリストの愛の実例があるのです。あなたを愛する、と言いつつ同時にしかし女性だから牧師にふさわしくない、と否定された経験もありました。人をカテゴライズする時に、その「人」は抽象化され、差別対象になります。愛の正反対です。キリストは、常に一人ひとりに向き合いました。▼なのに恩知らずな私たちは「イエス様、私をどれだけ愛しているのですか?」と疑います。それに応えて主は「こんなにも」と両手をいっぱいに広げ…そのままの姿で十字架にかかりました。これがキリストの愛の広さ、高さ、深さ。覚えてこの季節を歩みましょう。(キスト岡﨑さゆ里宣教師)