「あなたは私の愛する子」
一之木幸男 牧師
ルカによる福音書3章15~22節
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四つの福音書のうち、マタイとルカがイエスの誕生物語を記しています。この後公生涯に入るまでの事柄については、ルカが、12歳のイエスと両親との出来事を記した後、沈黙しています。これは、とりたてて記すほどのことはない、ということを表しているのではありません。むしろ、この沈黙の中にこそ大きな意味が隠されているのです。ナザレという人目につかない場で、日々大工の手仕事にいそしみつつ、民衆の一人として生きられた約30年の日々。これが、後のイエス様の言葉と行動・生きざまと死にざまに及ぼしている影響は測り知れない。そして主と私達との交わりに、決定的な意味をもっています。私達の日常もまた多くは、人目につかない平凡な毎日の繰り返しです。ここが、父・子・聖霊の神との出会いの場なのです。★いよいよイエスは、世にご自身を現わされる時を迎えます。まず、洗礼者ヨハネから洗礼を受けられます。これは「罪の赦しを得させる悔い改めの洗礼」でした。罪のない方が、罪人と共にこの洗礼を受けられました。「私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と言われ、その通り罪人・敵のためにさえいのちを献げられた、その原点はここにあります。★「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降ってきた。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた。」この呼びかけが、これからの主イエス・キリストの歩みの中心・土台です。 そして、主イエスを通してすべての人に、あなたに・わたしに向けられている語りかけなのです。この神の言葉を自らの存在の核・土台として生きることに招かれているのです。日々沢山の声に囲まれて生きている私達。繰り返しこの神の呼び声に立ち返って生きましょう。