説 教

  2023年4月9日

イースター(復活節)

  • 「キリストは生きておられる」

    一之木幸男 牧師
    ルカによる福音書23章56b~24章12節  ローマの信徒への手紙6章1~11節
    ※音声ファイルはありません
     十字架上で息を引き取られた主イエスの遺体を取り降ろし、まだ誰も葬ったことのない墓に納めたのは、アリマタヤのヨセフでした。ガリラヤから従って来た婦人たちは、これらのことを(もちろん十字架の時も)ずっと見守り続けていました。安息日が終わり、週の初めの日(日曜日)明け方早く、墓へと急ぎます。墓に蓋をしていた石はわきに転がしてあり、主イエスの遺体は見当たりませんでした。★途方に暮れる婦人たちに、輝く衣を着た二人の人は言います。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」さらに、ガリラヤにおられたころ、主がお語りになっていたことを思い出しなさい、と語りかけます。「そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した」とあります。あれっ?と思います。主は三度も受難と復活の予告をされていました。ここに至るまで、それを忘れていたのでしょうか。聖書はこのことについて何も語っていません。★婦人たちは墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせましたが、使徒たちはこの話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。たわ言。「馬鹿げたこと」「愚かな話」。最も近くで主の言葉を聞いていた弟子たちの反応がこれです!すべての福音書が「信じなかった」弟子たちの姿を記しています。人間の弱さ・愚かさ・不信仰・罪深さを、ありのままに記すのが聖書の魅力です。このような人々に復活のイエス・キリストはご自身を現わし、出会われ、信じる者へと導かれます。ここに、キリスト信仰の根本があります。信じられない心を自分で何とか信じるよう仕向けるのでなく、主御自らそのような私に出会い、生きておられることを証ししてくださる。このキリストとの出会い・生きた交わりこそ信仰の歩みです。