「主イエスのみ光」
村越ちはる 牧師
マタイによる福音書17章1~8節
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「主イエスのみ光」 マタイによる福音書17章1―8節
この箇所は「変貌物語」と呼ばれ、教会で大切にされてきました。この箇所は、直前の16章27節と深い繋がりがあるようです。ここでは終末の希望、特に「再臨」について描かれているのでしょう。「終末の希望」は、聖書の示す最終的な希望です。けれども、倦み、疲れをおぼえながらこの世を生きる私たちにとって、どうしても遠く離れたもののように感じられてしまうこともあるでしょう。それはイエス様の直接の弟子であるペトロ達でさえ、同じようであったのではないでしょうか。そのような弟子たちに、イエス様は変貌物語を通して、神の国の希望を先取って見せてくださいました。「高い山」では、光り輝くイエス様とモーセ、エリヤが語り合うのでした。ペトロは、大胆にも「主よ…お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう…」と提案します。知っている限り最も良い方法で三人をお迎えし、長く留まってほしいと思ったのかもしれません。けれども、ペトロの言葉には何の返答もなく、彼の思いを通り越すようにして、ただ光り輝く雲がイエス様たちを覆いました。そして「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という神さまの御声が聞こえたのです。弟子たちは大いに恐れ、地面に顔を伏せるのでした。イエス様は弟子たちに触れて「起きなさい。恐れることはない」と声をかけました。弟子たちが顔を上げて見ると、ただイエス様お一人がいらっしゃるのでした。イエス様は、人間の恐れと不安に寄り添い、自ら手を伸ばして、弟子たちに触れてくださるのでした。イエス様はこの後、山を下りながら再び十字架を予告されます。しかしその先には復活の喜びがあることを、前もって教えてくださるのでした。高い山で輝いた光は、今なお私たちを照らします。主の光は、私たちの心を温め、光の方へと導くのです。安心して、共に歩んでまいりたいと思います。
(村越ちはる牧師)